正直者がバカを見るんですね 投稿者:こたつ 投稿日:2007/12/29(Sat) 20:11 No.52
先日はメールで失礼しました。アドレス非公開ご協力ありがとうございます。お手数お掛けしすみません。 私の方も、事態は悪くなる一方。どう考えてもわが子を再び迎えることは難しい状況です。訴えるにも時間とお金が要ります。余裕のある人間ばかりではありません。一度でも手を上げたり、子どもを否定する言動があれば即虐待。しかも心から反省し、かくさず相談し、わが子との再出発への指導を申し出ているにもかかわらず、結局その発言が「虐待の証拠」とされる。 この世の中に、一度も怒鳴りもせず、たたきもせず、親子喧嘩もなく、ストレスから無縁の生活を送っている親子が居るというのでしょうか? マスコミにも問題にして欲しいと連絡しています。児相が動かなくて死んでしまった子どもばかりクローズアップされたために、逆作用になってしまっている。 周囲の人にもこういうことが行われていると、実際こういう目にあっていると話しています。みな信じられないとおかしいと言ってくれます。あまりに民意、一般感情から逸脱した児相や虐待対策。家族の再生に向けてなんて絵に描いた餅のような綺麗な嘘の羅列。 本当に死んでしまってた方が楽だと思ってしまう。 誰も助けてはくれない。非力なちっぽけな自分が情けないです。
Re: 正直者がバカを見るんですね - 松島(父)@管理人 2007/12/30(Sun) 06:38 No.54 子どもへの躾は、時として体罰は絶対に不可欠なものだと思います。 動物だってそうですよね? 子どもが本当に危険な行為に及んだときには怪我をさせるほどに噛み付いてその危険を教えています。 この体罰(躾)は本能的なものだと思うんです。 だから、本能による体罰を間違いだとする児相の考え方には無理が生じてくるのです。 ただね、児相が絡む事案は千差万別であって、個々のケースを1つの定規で測るわけにいかない事情が存在します。 だから、自分達の考え方が「善」なのか「悪」なのかを他人が判断することは、非常に難しいんです。 私の行った体罰にしたって、文章表現の仕方を間違えたら「暴力」にも「虐待」にも見られてしまう。 「体罰」や「躾」との違いなんて、精神的な部分の話ですからね。 その定義の違いを理解できてない方が、この問題を語ることはできないはずなんです。 私も自分がこの事件に巻き込まれていなかったら、単語の定義なんて深く考える事なんてしなかったと思います。 保護者として、真剣に子育てに励んでいても、 この定義を全く理解できていない児相職員に目を付けられたら最期。 子どもを家庭・家族から切り離されてしまい、その後はズルズルと拉致監禁を継続されてしまうのです。 裁判所も言葉の定義なんてできてもいないのに、児相の言い分を安易に聞き入れてしまいます。 世の中に「正義」なんてあるんでしょうか? 間違っていることを指摘しても、耳も貸さない裁判所なんて・・ もっともっと国民に実態を知らせるべきだと思います。 今までは当たり前だった裁判所と児相の癒着は、絶対に断ち切らせなければいけないことです。
問題は、「児相の存在がいけない」のではなく、「児相職員の法律運用能力の低さ」なのです。 この問題の本質を理解できるマスコミが報道しないと、問題点がすり替わってしまう可能性が出てきます。 だからこそ、私たち被害者は、問題点の把握を正確にしておかなければいけないと思うのです。 児相も関連する法律も、時代が要求した大きな問題に対処すべく作られたものであることは間違いないのです。 その運用に問題があるから冤罪が起きるのです。
こたつさん! 公務所の理不尽なやり方に「おかしい」と気づいている人は大勢います。 ただ、問題として広く公に訴えかけている人は少ないだけなんです。 塵も積もれば山となります。 偶然にこうして知り合って、同じような理不尽な思いを共有している仲間として これからも微力かも知れないけど、手を取り合って戦っていこうじゃありませんか! 子どもの将来のためにも、国民が納得できる生活が実現しますように。 泣き寝入ることだけは、絶対にしてはいけないことです。 敵は強大な公権力ですけど、私は絶対に負けません。 戦いは孤独なものですが、またここに来て愚痴でも言いに来てください。
|